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人類史上最強の天才数学者「ラマヌジャン」の生涯

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どうも進撃の期間工です!

 今回は「ラマヌジャン」という人物についてです。

 

「天才数学者」として知られるラマヌジャンの天才ぷりは、アインシュタインを越えるといわれるものだそうです。

 

その生涯は、2016年公開の「奇蹟がくれた数式」という映画でも詳しく綴られています。

 

今回は、そんなラマヌジャンの天才っぷりについてお伝えしていきます!

 

目次です!

 

ラマヌジャンの生い立ち

1887年、ラマヌジャンはインドで生まれました。

 

家庭としては最上級のバラモン階級だったものの、生活は非常に貧しいものでした。

 

ちなみに、バラモン階級というとピンと来ないと思いますが、

 

日本で言うと、天皇や皇族と同じようなものです。

 

日本の皇族で貧しいなんてことはありませんが、インドのカースト制度はあくまで「身分」のことで、

 

経済的には豊かでないことも多いそうです。

 

そんな貧しい経済状況にも関わらず、ラマヌジャンは幼いころから優秀で、

 

将来は階級の高い役職に就くのではないかと期待されていました。

 

しかし、15歳の頃に「純粋数学要覧」という本と出会い、人生が激変します!

 

その本は、約5000ほどの数学の公式のみが羅列されているというものでした。

 

この本に出合ったのをきっかけに、ラマヌジャンは数学にドはまりしていきます。

 

しかしあまりに数学にはまりすぎたせいで、せっかく入学した大学を退学になってしまいます。

 

それにも関わらず、その後も数学の研究を続けました。

 

ラマヌジャンは毎日多くの数式を思いつき、その中から気に入ったものだけをノートに記していました。

 

それだけでも数式の数は、4000にものぼるというから驚きです。

 

周囲の人たちはそんなラマヌジャンを見て、「この数式を有名な数学者に見てもらったらどうだい?と提案しました。

 

「それは名案!さっそく送ってみよう!」と数名の数学者に手紙を送ったラマヌジャンですが、

 

ほとんどの数学者がそれを無視します。

 

しかし、ある一人の数学者がこのラマヌジャンの才能に気付きます。

 

それが、イギリスの数学者「ハーディ」で、ラマヌジャンの数式に非常に興味を持ちました。

 

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ハーディとの出会いがきっかけで、ラマヌジャンはイギリスにわたりました。

 

そこでラマヌジャンは多くの功績を残し、1918年には、多大な貢献をした個人に与えられる会員資格をロンドンの王立協会から付与されました。

 

これはインド人としては史上2人目でした。

 

しかし病に伏し、1920年に32歳という若さで亡くなりました。

 

ハーディとの出会い

ケンブリッジ大学の教授をしていたハーディ。

 

このハーディとの出会いが、ラマヌジャンの運命を左右したと言っても過言ではないでしょう。

 

実はハーディはラマヌジャンからの手紙を、初めは「全くのでたらめだ」と取り合わなかったそうです。

 

しかし同僚とのテニスがきっかけで、ラマヌジャンからの手紙を見直すことになります。

 

テニスの最中にラマヌジャンの数式が気になってしまい、どうにもテニスを楽しめなかったのです。

 

ラマヌジャンからの手紙を見直し、「ラマヌジャンは天才だ」と感じたハーディは、

 

ラマヌジャンケンブリッジ大学に呼び寄せることにしました。

 

ハーディが同僚とテニスをしなければ天才数学者「ラマヌジャン」が日の目を見ることはなかったのかもしれません。

 

運命は意外と些細なことがきっかけで、左右されるものなのかもしれませんね。

 

天才的な数式

数学を独学で学んだラマヌジャンは、思いついた数式に対し、

 

「どうしてそうなるのか」と聞かれても、ほとんど満足に答えられられなかったといいます。

 

そこで気になるのが、「じゃあどうしてその数式を思いついたのか?」ということ。

 

ラマヌジャンはそういった問いに、「女神が夢の中で教えてくれた」などと返答していたそうです。

 

ラマヌジャンが残した数式は、「どうして思いついたのか全く理解できない」奇想天外なものばかりで、

 

ラマヌジャンが見つけなければ現在も発見されてなかったのかもしれない」というのもたくさんあるそうです。

 

ラマヌジャンは「インドの魔術師」と呼ばれていますが、こういった逸話を聞くとそれも納得ですね!

 

変哲もない数字

ラマヌジャンには数々の面白い逸話が残っていますが、

 

その中でも有名なものの一つに、「ラマヌジャンのタクシー数」というものがあります。

 

病気で入院していたラマヌジャンを見舞いに訪れたハーディは、

 

「タクシーのナンバーが1729というなんの変哲もない数字だった」ことを告げました。

 

それを聞いたラマヌジャンはすぐに、1729という数字は、

 

「A=Bの3乗+Cの3乗=Dの3乗+Eの3乗、という形で表すことの出来るAのうち、

 

最小の数だ」ということを指摘したそうです。

 

数字を聞いただけでそのような事を思いつくなんて、これだけでもラマヌジャンの天才っぷりがよく分かりますね。

 

現在「タクシー数」などと呼ばれるこの数字は、

 

「一見意味のないように見える数字」という意味で用いられることもあります。

 

天才ラマヌジャンが名を遺した影には、師匠であるハーディの存在があったようですね。

 

数学者を100点満点で点数化することが好きだったハーディはラマヌジャンにのみ100点を付けていたと言われています。

 

ハーディはラマヌジャンを心から尊敬していたのでしょうね。

 

天才数学者ラマヌジャンの生きざまは数学に興味のない方にとっても面白く感じられるのではないでしょうか?

 

あなたの人生も一冊の本から激変するのかもしれませんね。